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綺想曲 第一楽章eleganteⅢ 

綺想曲 第一楽章eleganteⅢ 

第一楽章 eleganteⅢ

 どこか遠いところから呼ぶ声が聞こえる。
 深い水底からゆっくりと浮上するように、少しずつ目の前が明るくなっていく。
 重い瞼をゆっくり開いてみると、窓から差し込む陽光の中を、3匹の赤い小さな蝶が、その羽を煌めかせながら飛び交っているのが見えた。
 ここはどこだろう・・・
 見慣れない部屋、テーブル、小さなソファー。
 暫くは自分が置かれた状態がわからずに、ぼんやりとその蝶を見つめていたが、少しずつ呼ぶ声が大きくなり、ドアを叩く音までが聞こえてくると、漸く頭の中に掛っていた霧が晴れる。
 それと同時に、今まで見つめていた蝶が、壁に掛けられた時計に描かれたものだということがわかり、さらにその時計の指し示す時刻がすでに七時を過ぎていることを知って、セルカは弾かれたようにベッドに起き上がった。
「いけない!7時を過ぎてる!」
 一瞬、何をしていいのかわからずに辺りを見回す。ドンドンという大きな音が自分の部屋のドアを叩いているものだとわかると、セルカは急いでベッドから飛び降りて、ドアへと駆け寄った。
 勢いに任せて大きくドアを開くと、そこには執事のヘンリクが、にこやかに立っていた。
「おはようございます、セルカ様。ゆっくりとお休みになれましたか?」
「あ…はい…」
「いつまでもお返事がありませんでしたので、もう少しでお部屋の鍵を開けさせていただくところでした」
 ヘンリクは、笑いながら手にしたキーリングを持ち上げて、ゆらゆらと揺らしながらセルカに見せた。
「…すみません…寝過ごしてしまって…」
 左手をその寝乱れた髪に差し込んで、恥ずかしそうに俯いて、セルカは謝った。
「すぐに着替えて食堂に行きます」
 戸惑った様子のセルカを見て、ヘンリクは微笑ましく思いながら、全く気にしていない風で応じる。
「だいじょうぶですよ。お疲れがでたのでしょう。もう少ししましたら、他の生徒さんたちは学校に行かれますから、どうぞゆっくりとご準備なさって下さい」
「はい、ありがとうございます」
 と頭を下げて礼を言うと、お気遣いなく、と言ってヘンリクは食堂へと戻って行った。
 セルカは大きくため息をついて、頭の横をコンコンと、拳で二度ほど軽く叩く。
「こんなことをしてる場合じゃない。早く準備しないと」
 急いで荷物を解くと、取り敢えず今から着る服を選びだす。パジャマを脱いでポンとベッドの上に放り投げると、水色のシャツに腕を通し、学生らしい紺のスラックスを穿いて、白いVネックのセーターを着た。
 さっと顔を洗って手で髪を撫でつけると、急いで部屋を出て食堂へと向かった。
 食堂の扉を開くと、ヘンリクが言った通り、そこには誰の姿もなく、一人分の朝食がテーブルの上に用意されていた。それはほかほかと温かそうに湯気を立てて、たった今セルカのために作られたものだということがわかる。
「どうぞ、お掛け下さい」
 紅茶のセットが乗ったトレイを押しながら、ヘンリクはセルカに声を掛ける。
「はい」
 椅子を引いてゆったりと椅子に座る。
 手を合わせて目礼し、綺麗に並べられたカトラリーを手に取ると、ベーコンを切り始めた。
ヘンリクは、紅茶をカップに注ぎながら、その細い綺麗な指で器用にナイフとフォークを扱うセルカを見て、まるで映画のワンシーンのようだと思う。この指でどのようにフルートを歌わせるのだろうと思い、セルカと二人だけで過ごせるこの静かな朝の時間が与えられたことに感謝した。

 食事のあと、セルカは少し迷ってからサロンに行くことにする。
 午後からバルハウスの前で披露する曲の練習もしなければならないが、慌てることもないだろうと思った。
 サロンの扉は白い木の枠とガラスでできていて、ガラスには一枚一枚、薔薇の花が彫られていた。よく見ると、一つ一つの薔薇の形が違う。花の形、花弁の形、葉の形。こういう細かいところにまで拘るバルハウスはフルートをどんなふうに奏でるのか?何曲か出されたCDは全て聞いてはいるが、生の演奏はまだ聞く機会がない。早く聞いてみたいと思い、もうすぐその時が来ることを思って、セルカの胸は高鳴った。
 扉を手前に開いて中に入る。5段の小さな階段があって、その両側を挟むように、作りつけの背の高い本棚が部屋の両端まで伸びている。その前に、上部に収納されている本を取るための金属製の梯子が設えられていた。
 蔵書を見てみると、音楽関係に留まらず、各国の文学や宗教学、歴史、哲学に美術関係の本、それにアンデルセンやグリムの童話集まで収められていた。
「脈絡のないコレクションだな」
 呟きながら指でつうっと背表紙をなぞる。
 アンデルセンの童話集の一冊に指を止めると、それを引き出して見た。
 表紙には、アンデルセンが憧れた南イタリアの街だろうか、少し古い街並みが描かれている。なんとなく懐かしさを感じて、セルカはその本を持って部屋の奥のテーブルに向かった。
 少し蒸し暑い気がして、フランス窓を押し開いた。さあっと風が入り込んでセルカの柔らかい髪を揺らす。暫く目を閉じて風に身を晒す。木立の間をとおって吹いてくる風は新緑の香りがした。
「う~ん、いい気持ち」
 ゆっくりと目を開いて窓際の椅子に腰を下ろす。その長いスラリとした脚を軽く組んで、膝の上に本を開くと、つらつらと文章を追いかける。
 それは『即興詩人』という物語で、北欧デンマークに生まれたアンデルセンが、憧れの南イタリアを舞台に書いた作品だった。
 特にそれが読みたかったわけではないが、隣国の作家であるアンデルセンの作品は、セルカにとって小さい頃から親しみのある物だった。『即興詩人』も、もう既に何回も読んでいて、わざわざ読まなくても内容は知り尽くしている。馴染んだ物語を追っているうちに、いつのまにか瞼が落ちて、セルカはそよ風の中で微睡んでしまっていた。
 
 クリスマスに予定されているリサイタル用の曲目を確認したあと、響は一息入れるために食堂へと降りて来た。
 いつも準備されているポットの中のコーヒーを、大きめのプンツラウアーのカップになみなみと注ぐ。芳しい香りが食堂に溢れ、疲れた神経を癒してくれるのを感じながら、響はサロンへと向かう。午後から演奏を聞く予定のセルカはどうしているのだろうと考えながらサロンの扉を開いて、一瞬足が止まった。
「こんな時間に誰が…?」
 生徒達はみんな学校に行っている筈だ。
 まさかという思いが湧き上がる。ゆっくりと近づいて行く。見ると膝の上に本を広げている。人が近づいても気づかないほど本に没頭しているのかと思ったが、それが間違いであることに響は気づいた。
 少し右に首を傾けて俯いているのは、本を読んでいるのではなく眠っているのだ。
 前髪を、窓から入り込んでくる風に遊ばせて、桜色の唇を薄く開いて眠っている姿に、響は心奪われて、ただ立ち尽くすばかりだった。

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