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綺想曲 第1楽章 eleganteⅠ

綺想曲 第1楽章 eleganteⅠ

第一楽章 elegante Ⅰ
 バルハウス音楽院は、フランクフルト音楽大学の教授だったアーデルベルト・バルハウスが、自身の信念に基づいて創設した、私立のフルートの専門学校である。まだ50歳を少し過ぎたばかりのバルハウスが、教授の椅子を降りて大した儲けにならないような小さな音楽院を開いたのは、才能豊かな若き音楽家たちを発掘するためだった。才能はあるのに金銭的な問題で学ぶことができない、そう、例えて言えばダイヤの原石のような新人を発掘するために、バルハウスは自分の財産を注ぎ込んでこの音楽院を運営している。
 もともと人望の厚いバルハウスの考え方に賛同する者は多く、企業から寄付金が送られてきたり、無償で講師を買って出る友人たちの好意で、充実したレッスンを弟子たちに提供することができた。
 中にはバルハウスに心酔し、どれだけ授業料が掛かってもかまわないから入れて欲しいと頼み込んでくる若者も多くいたが、あくまでも才能に拘るバルハウスは、一定以上の技量を持ったもの以外は受け入れなかった。

 頃は5月、バルハウスは季節外れに一人の新入生を迎えることになった。
「先生、珍しいですね。この時期に新入生を迎えるなんて」
「おお、響、来ていたのか」
「はい。ご無沙汰しておりました」
「いやいや、君の活躍はいろんなところから聞こえてきているよ。君は私の誇りだよ」
「ありがとうございます。先生のお名前に傷をつけぬよう、これからも精進致します」
 藤宮響は、日本人で初めてドイツの交響楽団の首席フルーティストになった秀才である。勿論バルハウスの愛弟子で、バルハウスがフランクフルトの大学にいたころ、響はフルート科に在籍していた。その繊細な指遣いと、東洋の情熱が紡ぎ出す音色は、世界中の音楽ファンを魅了して止まず、ソリストとして活躍していたところを懇願されて、現在デュッセルドルフ交響楽団の首席フルーティストとしてその名を響かせている。
「ところで先生、先ほどの新入生ですが、この季節に入学をお許しになるほどの逸材ですか?」
「うん?気になるのかね?」
「少し…というよりはかなり気になる存在であることに間違いはありませんね」
「実は、彼は私の友人の息子さんなのだよ」
「ご友人の?」
「うむ。頼まれてね。フィンランドにはクラシック専門の大学も、音楽学校もないそうだ。才能を埋もれさせてしまうのは勿体ないので預かって欲しいと言われたのだよ」
「先生は彼の演奏をお聞きになったことがあるのですか?」
「いや。フルートの演奏は一度もない」
「フルートの演奏は?」
 バルハウスは、入学を許可するときには必ず自分の耳で確かめなければ気が済まない。それなのに、友人の息子と言うだけで入学を許可してしまったという、この前代未聞の出来事に、響は大きな驚きを覚えた。
 そんな響を見て、バルハウスは悪戯を思いついた子供のようにニヤリと笑う。
「君は、7年前の秋はどこにいたかな?」
「フランクフルトで先生に指導していただいておりました」
「そうだったな。大学の…」
「二回生でした」
「そうか…早いな…月日が経つのも…」
 感慨深げに遠くを見つめるように、バルハウスが呟く。
 暫く、二人とも何も話さず、静かに庭で揺れる早咲きのバラを見つめていたが、再びバルハウスが話し始める。
「7年前のチャイコフスキー記念ピアノコンクールのことを覚えているかね?」
「…7年前の…ですか…?」
「7年前、センセーショナルな出来事が起こった。わずか10歳でそのコンクールに出場した少年がいた。彼は並はずれた技量と音楽センスで、居並ぶピアニストや審査員たちを魅了した。さすがにグランプリを受賞することはできなかったが、彼は見事に準グランプリに輝いた」
「…セルカ…セルカ・フォルセル…」
「そうだ」
「どういうことですか?」
 響はバルハウスの言わんとすることがわからない。新入生と、ピアニストであるセルカがどう関わっているのか判断に困っていた。
「わからんかね?」
「…えっ?」
「新入生はセルカなのだよ」
 悪戯っぽく笑うバルハウスを見て、響は騙されたと思う。
「からかわないで下さい。いったい何がおっしゃりたいのですか?」
「からかってなどいないよ。新入生はそのセルカ・フォルセルなのだよ」
 そこまで言われても、まだ響は話の内容を理解することができなかった。なぜなら、バルハウスはフルートの巨匠だ。副教科でピアノのレッスンはあるものの、ピアニストの指導は行っていない筈なのだ。
「どうして、彼が?」
「まあ、フルートに関してはまだ無名だから仕方がないが、彼は7年前からフルートに転向したのだよ」
「彼は、プロのピアニストになったのではなかったのですか?」
「突然、フルートをやりたいと言いだして聞かなかったそうだ。何が彼を駆り立てたのかは誰も知らないところだが、僅か7年で全ての技法をマスターし、その音色はまるで妖精が奏でるようだと評した音楽評論家がいるほどだ。会って見たくないかね?」
 一度の演奏も聞かずにバルハウスが入学を許可した少年、会いたくない筈はなかった。
「ぜひ、会わせて下さい」
「うむ。到着したら一度演奏してもらうから、そのときに立ち会いなさい」
「ありがとうございます」
 7年前、新聞に載っていた少年はまだあどけなく、その小さな指でどのようにしてピアノを操るのか、響は不思議に思ったことを思い出していた。その彼が一流のピアニストの道を捨てて、フルーティストに転向したとは。
「何が彼を変えたのだろう?」
 響は、何の躊躇いもなく大きく人生を転向させたセルカに、並々ならぬ興味を抱いていた。


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