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綺想曲 第一楽章 eleganteⅡ

綺想曲 第一楽章 eleganteⅡ

第一楽章 elegante Ⅱ
 その夜遅く、学院の前に一台のタクシーが止まった。
 車から降りて立ち上がった細身のシルエット。月の輝きの中で、淡いブルーの髪がさらに蒼みを増して煌めく。
「お客さん、ここに置いときますよ」
 車のトランクの中からスーツケースを出して、降りたばかりの客の横に置く。
「ありがとうございます」
 丁寧な言葉で礼を言うその声は、まだ変声期を迎えたばかりなのか、それとも長旅の疲れによるものなのか、少し掠れていた。
 タクシーが走り去ると、彼は自分がすっぽりと入ってしまいそうな大きなスーツケースを、片手でごろごろと転がしながら門の中へと入って行く。反対側の手には細長い長方形に、取手のついた小さなバッグのようなものを持っている。正面玄関に着くと、彼はそれを確かめるようにチラッと見てから、スーツケースの手を離して呼び鈴を押した。その音とほぼ同時に玄関の扉が開かれて、驚いた彼はピクッと肩を震わせて、一歩後ろに退いた。
「お待ちしておりました。どうぞ中へお入り下さい」
 扉を開けたのは、バルハウス家に仕える執事だった。彼は、大きく目を見開いたままの来客に優しく微笑みかけながら
「申し訳ございません。驚かせてしまったようですね。先ほど車の止まる音が聞こえましたもので」
 と、自分がいきなり扉を開けてしまった非礼を詫びた。
「いえ、僕のほうこそ、失礼しました。飛行機が遅れてこんな時間になってしまいました」
「お疲れになったでしょう。どうぞお入り下さい」
 そう言って執事と名乗った男は、客のスーツケースを受け取ると、体を横に寄せて屋敷の中へと誘った。
「ありがとうございます」
 素直に礼を言って中に入ると
「はじめまして。僕はセルカ・フォルセルです。今日からお世話になります」
 と執事に挨拶をした。
「ご丁寧にありがとうございます。バルハウス家の執事、ヘンリクでございます。ご用命がございましたら何なりとお申しつけ下さい」
 と応えた。
 セルカと名乗った少年は、年の頃は十七、八だろうか、まだ幼さが僅かに残ってはいるものの、初めて会った者なら誰しもが、必ず息を呑んで目を瞠り、身動きできなくなってしまうほどの美しさを湛えている。北欧の血を受け継いだものにだけ与えられる、澄んだ湖の、鏡のように光を反射する湖面のような淡いブルーの髪、滑らかな細身の顎のライン、上弦の三日月のように綺麗に整った眉の下に、モッコウバラの花びらのような目、その瞳は髪と同じ淡いブルーで、憂いを秘めたように潤んでいる。肌の色はそのまま空気に溶け込んでしまいそうなほど白く透きとおっていて、全体に儚げな印象を与えるが、唇はきりっと引き結ばれて、意思の強さを表している。
 ヘンリクはセルカが到着する日の前日に、主人のバルハウスから写真を見せて貰っており、そのために玄関先で立ち尽くすという失態を犯さずに済んでいたが、それでも一瞬言葉を失いそうになった。それほどセルカは見る者を魅了せずにはおかない麗しい少年だった。
「バルハウス先生は、もうお休みですね?」
 と、セルカが訊ねると
「はい。明日の昼食の席でご挨拶させていただきたいと申しておりました。その後で一曲演奏していただきたいとのことでございます」
 そう話しながら、玄関から入ってすぐ左手の扉を開き
「こちらが食堂でございます。朝食は午前七時からでございます。昼食は十二時三十分、夕食は午後七時でございます。寮生の皆さまのカリキュラムに合わせて時間が決まっておりますので、遅れないようにお願い致します。食堂の向かいがサロンになっております。お休みの日や、夕食後にご自由にこちらでお寛ぎ下さい。夏の終わりとクリスマスに、こちらのサロンで演奏会が行われます。寮生の皆さまも参加されてとても賑やかで、私も毎年楽しみにしております」
 屋敷の中を案内しながら、ヘンリクはいろんな話をする。演奏会にやってくる著名な音楽家や評論家たちのこと、庭に咲くバラの素晴らしさ、バルハウスの多忙な日常。澱みなく語られるそれらの話を聞きながら、セルカは、きっとこのヘンリクという男は毎回寮生を迎えるたびに、同じ話を繰り返しているのだろうと思った。
 漸く部屋に辿り着く。ヘンリクがポケットから鍵を出して扉の鍵穴に差し込む。その鍵には銀製の、ルームナンバーが書かれたキーチェーンが着けられていたが、特別に作られたものであろう、バラの花と音符が数字を取り巻くようにあしらわれていた。
「どうぞ。こちらがセルカ様のお部屋でございます。バスルームはお部屋にございます。ベッドとクローゼット、机と椅子、小さなテーブルとソファーもご用意しておりますが、何か足りないものがございましたら、私にお申しつけ下さいませ」
 セルカは部屋に入って驚いた。まるで一流のホテルの一室のように整えられた部屋は、一人で暮らすには広すぎるくらいである。入って正面に白い枠のフランス窓が二つ、その真ん中にバルコニーへ出る扉がある。窓に向かって右にベッドがあり、反対側に壁に向かって大きめの、紫檀の机が置かれている。
 部屋の真ん中にガラス製の小さな丸テーブルと二人がけ用のソファー、そして左側の壁に扉が二つ、片開きの扉がバスルームの扉で、その隣の両開きの扉がクローゼットになっているようだ。
 セルカはくるりと部屋の中を一周して
「素敵な部屋ですね」
 とヘンリクに言った。
「ありがとうございます。お気に召しましたでしょうか。ご主人さまからご不自由のないようにと仰せつかっております。お困りのことがございましたら何なりとお申しつけ下さい」
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」
 執事である自分に、真摯に頭を下げて礼を言うこの少年を、ヘンリクは好きになっていた。今までいろんな寮生がやってきては去っていったが、たいていは執事と聞いただけで見下したような態度に変わるのが普通だった。セルカのように礼を尽くして挨拶をする者など、ほとんどと言っていいくらいいなかったのだ。
 そう思いながらヘンリクは、響様もセルカ様と同じように接して下さるなと思った。そして、国籍は違ってもこの二人は、どこか似ているところがあるように感じていた。
「お疲れになりましたでしょう。お腹は空いていらっしゃいませんか?簡単なものでしたらご用意できますが」
「ありがとうございます。シャワーを浴びて休みたいと思います」
「さようでございますか。お荷物を解くのは大変かと思いまして、バスタオルや、パジャマなどご用意させていただいております。よろしければお使い下さい」
「そこまでお気遣いいただいてすみません。ありがたく使わせていただきます」
「では、おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
 執事が去ると、ふうっと大きなため息をついて、セルカはベッドに腰を下ろした。
 乗る筈だった飛行機が計器異常のために飛べなくなり、フランクフルトについたのは六時間も遅れてからだった。そこから列車に乗り、駅についてタクシーを捕まえて漸く辿り着いたのだ。セルカはへとへとに疲れていた。しかし、ヘンリクと名乗った執事の好意で荷物の中からバスタオルやパジャマを探す手間が省けたのは本当に有難かった。
 セルカはさっそくバスルームに入り、熱い湯を浴びて、準備されていた真新しいパジャマに身を包むと、ベッドに倒れ込むようにして眠りについた。
 その少し乱れた髪を、窓から差し込む月の明りが優しく煌めかせていた。

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